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2018
01.20

アートについて考えた

Category: アメリカ生活
昨年12月、相当前のことになりますが(笑)、Duke Gardenの子供向けフェアに行った時のこと。いろいろなブースがありまして、太陽、地球、月の関係を紙皿で作ったり、クリスマスカード、まつぼっくりで鳥の餌やりを作ったりしてきました。

そんな中、The Scrap Exchangeもブースを出してました。
The Scrap Exchangeとは色々なリサイクル用品を安価で売ってるところで、「ごみ」の概念を覆されるところと言っても過言ではないところです。

このブースでも、こんな風に様々な「素材」が置かれていました。昔のフロッピー、セロファン、アルミ、布、薬の容器、筒などいーろいろ。過去に捨てたことのあるようななじみのあるものばかり。
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それらを使って自由に工作していいよ!というのがこのブース。
バケツには不思議なものがいっぱい詰まっていて、そこから何でも自由に持ってきていいよと言われるのだからウッキウキ!

けど、案外「自由に」って難しいもので。最初はどうしたらいいのかわからなかった様子。そこにある道具と素材を使って何をしてもいいんだよと言うと、とりあえずテープでくっつけ始めました。しばらくすると、無言で何かしら貼り付けてます。こんな感じ。
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うちに帰ってから壊して別の作品も作ってみました。
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こんなに小さいうちから、見たこともない物を与えられてご自由にって言われると戸惑っちゃうんだなあというのが発見でした。「何」か目的に向かって作ることはしているけど、「何でもどうぞ」ってことはしてないもんなあ。そうすると当然「何」を作ればいいの?という疑問になるし、自然と既成の「何」かを頭の神経総動員で探して拠り所を探りますよね、当然ながら。息子のも最初のは「望遠鏡」っぽいし、次のは「遊園地にある遊戯施設」っぽいし。だからこそ、こういうただ素材だけ与えられてご自由に何でもっていう先入観とか固定観念とかから自由になる活動は大切だなあと思いました。

あと、今日丁度そういう話を友達としましたが、幼稚園に行くとやたらと作った「作品」を持って帰ってくるけど、どれもこれもなんとなく親の目を意識したものが多いねと。ある程度先生がお膳立てしたものにちょこっと子供が手を加えて「出来上がり」というような。もちろんお金を払って行かせているのだから親もそれ相応の対価を求めるしそれを実証しようとするのも当たり前でしょう。でも、「何」をしたかってはっきり説明できることばかりを重視しすぎてる気がしませんかね?「何」をしたかと聞かれると「何」とは答えられない物や事があってもいいんじゃないかなと。形に囚われすぎているんだなあ、何もかも、自分も含めて誰もかれもと思いました。
結果のない物、言葉にはできない曖昧なものにもっと価値を置く余裕が親にも子にも必要なんじゃないかなあと思うのでした。

アート、アート言うけれど、アートってそもそも何だったっけかな?。。。なんて考えていたのでした。

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